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福岡地方裁判所飯塚支部 昭和35年(ワ)33号 判決 1963年3月01日

原告 川上チズ子 外二名

被告 国 外一名

訴訟代理人 広木重喜 外四名

主文

被告福岡県は

原告川上チズ子に対して金三〇〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和三五年九月二三日から支払ずみまで年五分の金銭の

原告川上君代に対して金一〇〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和三五年九月二三日から支払ずみまで年五分の金銭の

原告川上ふみよに対して金一〇〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和三五年九月二三日から支払ずみまで年五分の金銭の

それぞれ支払をせよ。

原告の被告国に対する請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分しその一を原告らの負担としその余を被告福岡県の負担とする。

事実

原告ら訴訟代理人は、「被告らは各自原告川上チズ子に対して金三〇〇、〇〇〇円及びこれに対する訴状送達の翌日から支払ずみまで年五分の金銭の、原告川上君代に対して金一〇〇、〇〇〇円及びこれに対する訴状送達の翌日から支払ずみまで年五分の金銭の、原告川上ふみよに対して金一〇〇、〇〇〇円及びこれに対する訴状送達の翌日から支払ずみまで年五分の金銭のそれぞれ支払をせよ。訟訴費用は被告らの負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一、訴外川上辰馬は、昭和三四年八月九日午前八時頃から自宅で友人酒見学、同松田利光と共にしようちゆう二合余を飲み、午前九時頃、長女川上君代を連れ、右酒見、松田と共に町内に遊びに行き、嘉穂郡穂波町忠隈浦田の山村儀夫方で、右酒見、松田及び訴外段浦明治と共に飲酒をし、酩酊のうえ、右酒見、松田、段浦、長女君代と共に飯塚駅前まで来た際、右四人とはぐれて一人になつた。

二、そこで、川上辰馬は、同行していた長女君代を探そうとし、付近路上にあつた飯塚駅前に住む植田稔所有の自転車を一時借用したところ、同駅前派出所の巡査右田淳一郎に、同日午後二時頃逮捕された。

三、同巡査は、右逮捕の際に、泥酔していた川上辰馬に対して暴行を加えたため、同人は、身体各所に傷害を受けた。

四、同巡査は、同日午後四時頃、川上辰馬を飯塚警察署に引致したが、同日は日曜日であつたので、同署の係官は、取調をせずに、同日午後五時頃、右川上を同署の第三房雑居房に留置した。

五、当時、右第三房には、五人余の未決の被拘禁勾留者がいたが、その一人の藤田寛は、房内で、川上辰馬に対して、突き倒し、頭部を回数踏みつける等の暴行を加え、同人をして、脳底出血のため監房内で死亡させた。

六、右川上辰馬が死亡するまでには、

(1)  川上辰馬には窃盗の意思がなかつたのに、巡査右田淳一郎がこれを逮捕した。

(2)  同巡査が川上辰馬に加えた傷害が死因の一つである。

(3)  川上辰馬は飯塚署に留置される当時、泥酔していたのであるから保護室に入れるべきであるのに雑居房に入れた。

(4)  川上辰馬に暴行を加えた前記藤田寛は暴行恐喝等の兇悪犯であるうえ、昭和三四年七月二八日には監房内で、同房者の藤田広美に傷害を与え、その事実で起訴され、有罪の判決を受けたものである。

(5)  監房係官は右藤田寛が川上辰馬に暴行を加えるのを制止せず、そのうえ、この暴行前に、藤田寛が看守の衛藤巡査に、「こんないばしい男を入れてもらうとけんかになるから転房させて下さい」と頼んだのに、同巡査は「酔がさめたらおとなしくなる」といつてそのままにしていた。

(6)  飯塚署の監房の入口の扉は、設備が悪く、内部の見通しが悪かつた。

以上の事情がある。

七、川上辰馬は、警察署の監房に収容されていて死亡したのであるから、被告らは、連帯して、その死亡について、無過失責任を負うものである。

八、仮に、右の主張が理由のないものとしても、川上辰馬は、警察官の過失により、または留置所の設備の瑕疵によつて死亡したのであるから、被告らはその死亡によつて生じた損害を連帯して賠償すべき義務がある。(国家賠償法第一条)

九、川上辰馬は昭和五年七月五日に生れ、昭和二五年三月嘉穂農業高等学校を卒業し、昭和二七年中から東京都警視庁巡査をしていたが、病気のため、飯塚市に帰宅し、昭和二九年一〇月一四日、原告川上チズ子と事実上の婚姻をし、(届出は同年一二月二三日)、昭和三一年一月四日長女である原告川上君代を、昭和三二年八月七日、次女である原告川上ふみよをもうけ、その間、昭和二九年一〇月末頃から昭和三四年五月まで養鶏業をし、同年六月一日から死亡時までは、嘉穂郡穂波町忠隈にある加賀鉱業所に採炭夫として勤務し、平均一日金六七八円の賃金を得ていた。

一〇、川上辰馬が死亡によつて喪失した利益は、死亡時から満五五歳までの炭鉱鉱員としての残存労働期間二九年一ケ月五日間に得べき賃料の合計金六、三二二、三五〇円であり、原告らは、いずれも、相続により、この金額の三分の一づつの損害賠償請求権を取得した。

一一、原告川上チズ子は夫の死亡によつて精神上の苦痛を受けたので、被告らに対して慰藉料を請求し得るところ、この苦痛は金二〇〇、〇〇〇円によつて償なわれ得るものである。

一二、よつて、原告らは被告ら各自に対していずれも前記第一〇項記載の請求権の内金各一〇〇、〇〇〇円と原告川上チズ子は前項記載の慰藉料金二〇〇、〇〇〇円及びこれらに対する訴状送達の翌日から支払ずみまで年五分の遅延損害金の支払を求める。

と述べた。<立証省略>

被告国の指定代理人らは、いずれも、「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、原告ら主張の請求原因事実に対して、

第一項は知らない。

第二項は、川上辰馬が飯塚駅前派出所の巡査右田淳一郎に、同日午後二時頃逮捕されたことは認めるが、その他の事実は否認する。

川上辰馬は、飯塚市西菰田飯塚駅通り植田稔方前路上において同人所有の自転車一台を窃取逃走したところを被害者め急報により、現行犯として逮捕されたものである。

第三項は否認する。

第四項は、同巡査が川上辰馬を飯塚警察署に引致したこと、同日が日曜日であつたこと、同署の係官が川上辰馬を同署の第三房雑居房に留置したことは認めるが、その他の事実は否認する。

右田巡査は、川上辰馬を逮捕すると、駅前派出所に連行し、一応の取調を済ませ、午後二時四〇分頃、同所において、本署の当直員久保、佐藤両巡査に身柄の引継をし、両巡査は、午後三時頃飯塚署に川上辰馬を連行し、直ちに、久保巡査が取調をし、弁解録取書を作成した後、午後三時三〇分頃第三房に留置したのである。

第五項は、第三房の未決勾留者藤田寛が、房内で川上辰馬に暴行を加えたことは認めるが、その他の事実は否認する。

当時、第三房には、川上辰馬を含めて七人の被拘禁留置者がいたのであり、川上辰馬は飯塚病院に運ばれた時には未だ生きていた。

第六項はいずれも否認する。

第七項、第八項はいずれも否認する。

第九項は、原告川上チズ子が川上辰馬の妻、原告川上君代が川上辰馬の長女、原告川上ふみよが川上辰馬の次女であることは認めるが、その他の事実は知らない。

第一〇項、第一一項はいずれも否認する。

その主張として、

原告らは、飯塚警察署係官の義務違背行為による損害の賠償を被告国に請求しているが、警察法(昭和二九年法律第一六二号)の下においては、都道府県警察の職員が行うべき犯罪の捜査、被疑者の逮捕、勾留等いわゆる司法警察権は、同法によつて、都道府県に団体委任され、その行うべき事務とされているのであるから、都道府県警察の職員による司法警察権の発動は、国家賠償法の適用については、公共団体の公権力の行使に該当し、同法に基ずく損害賠償責任を負担すべき者は当該職員の属する地方公共団体にほかならない。

と述べ、

被告国に対する関係の甲号証は、第二号証の成立は知らないが、その他の甲号各証はいずれも成立を認めると述べた。

被告県の訴訟代理人は、「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、原告ら主張の請求原因事実に対して、

第一項は知らない。

第二項は川上辰馬が飯塚駅前派出所の巡査右田淳一郎に、同日午後二時頃逮捕されたことは認めるが、その他の事実は否認する。

川上辰馬は自転車窃盗の現行犯として逮捕されたものである。

第三項は否認する。

第四項は、同巡査が川上辰馬を飯塚警察署に引致したこと、同日が日曜日であつたこと、同署の係官が川上辰馬を同署の第三房雑居房に留置したことは認めるが、その他の事実は否認する。

川上辰馬が飯塚警察署に引致された時刻は午後三時頃であり、第三房に留置された時刻は午後三時三〇分である。

第五項は、川上辰馬が監房内で死亡したことは否認するが、その他の事実は認める。

第六項は、いずれも否認する。監房係の警察官は、藤田寛の暴行を知つて直ちにこれを制止し、川上辰馬を監房外に連れ出す等の措置を講じた。

第七項、第八項はいずれも否認する。

第九項、第一〇項はいずれも知らない。

第一一項は否認する。

と述べた。<立証省略>

理由

成立に争いのない甲第三号証、同第四号証の八ないし一三、一五、一八、一九、乙第一号証、同第一三、一四号証、同第一八号証ないし同第二〇号証、いずれもその方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められる同第三号証、同第六、七号証、同第一五号証ないし同第一七号証、被告福岡県に対する関係では成立に争いのない甲第七号証の三、五、被告国に対する関係では証人右田淳一郎、同植田稔の各証言及び証人藤田寛、同高松正行、同中村佳照の各証言を綜合すると、つぎの各事実が認めらる。即ち、

一、訴外川上辰馬は、酒に酔つたうえ、昭和三四年八月九日午後一時五〇分頃、飯塚市西菰田二六五番地植田稔方前路上から、同所にあつた同人所有の自転車一台を無断で持ち去つた。

二、右事実を知つた被害者らの急報を受け、飯塚警察署国鉄飯塚駅前派出所勤務の巡査右田淳一郎は、同日午後二時項、前記植田稔方から約一五〇米離れた地点で、右川上辰馬を自転車窃盗の現行犯人として逮捕し、同人を右派出所に連行し、同日午後二時四〇分頃、同派出所において、飯塚警察署勤務の久保、佐藤両刑事に右川上辰馬を引き渡した。

三、右久保、佐藤両刑事は、同日午後三時頃、右川上辰馬を飯塚警察署に連行し、一応の取調をした後、留置場の係に、右川上辰馬を引き渡した。

四、当時の右警察署の留置場の係官は、巡査部長高松正行、巡査衛藤英俊、同本田実、同大賀正康であつたが、協議のうえ、右川上辰馬を同日午後三時三〇分頃、同署の留置場第三房の雑居房に留置した。

五、当時右第三房には既に六人の者が入房中であつたが、川上辰馬は入房するや、同房者に対して、人殺しをしたとか警察官を殴つてきたとかうそをいつて強がりをいつたが間もなく同房内で就寝した。

六、同日午後五時頃、留置場の入房者に食事が出され、その時、川上辰馬は未だ眠つたままであつたので、同房者が起こそうとしたが起きないので、他の同房者が先に食事を終え、ついで、同房者が川上辰馬を起こして食事をするようにいい、同人が食事をし始めたところに、留置者の一人で雑役に従事していた南春生が食器の回収に来て、早く食事をすませるように注意をし、同時に同房者の一人高野辰雄も同趣旨の注意をした。

七、これを聞いた川上辰馬は、いきなり立ち上がり、はしを持つたまま、右南及び高野に対して何をがたがたいうかといつた。

八、第三房の同房者の一人藤田寛は、川上が入房時からはつたりをきかせているのをにがにがしく思つていたので、右川上の態度を見て立腹し、いきなり川上の胸を突き、よろけた同人を更に押しとばして壁に頭部を強打させて転倒させ、倒れている同人の顔面を足で強く二、三回踏みつけた。

九、右の物音を聞くや係の本田、衛藤両巡査は、直ちに第三房の中に入り、倒れている川上辰馬を連れ出し、高松正行と共に付近の二、三の病院に連絡したが、当日は日曜日であつたため、いずれも医師が不在であつたので、高松正行、大賀正康らがつきそつて、飯塚病院にジープで連れて行つたが、同病院について間もなく、同日午後五時三〇分頃、川上辰馬は、前記藤田寛の暴行による外傷性蜘蛛膜下出血によつて死亡した。

以上の事実が認められ、他に、この認定を覆えすに足る証拠はない。

そこで、右川上辰馬が死亡するについて、警察署の設備に瑕疵があつたかどうかについて判断するに、本件全証拠によるも、飯塚警察署の設備に瑕疵があり、それが原因で川上辰馬が死亡したことを認めることができない。

原告らの主張のうち、被告らが無過失責任を負う旨の主張は理由がない。

つぎに、右川上辰馬が死亡するについて、警察官に過失があつたかどうかについて判断する。

まず、成立に争いのない甲第四号証の一、三ないし七、一二及び証人藤田寛の証言を総合すると、藤田寛は、恐喝罪で起訴され未決勾留中のものであつたところ、昭和三四年七月二三日頃から、飯塚警察署第三房に入房中の同房者藤田広美に対して理由もなく乱暴をするようになり、同年同月二六日頃には、ズボンの止め金で同人の背部にX字型の傷をつけ、更に、同年同月二八日には、同人の口唇部を殴打して全治三日間の傷害を加え、これにより約一週間、保護房に隔離されたことがあり、川上辰馬が右第三房に入房し就寝後、係の衛藤巡査に対して、けんかになるから川上を転房させてほしい旨述べていたことが認らめれ、他に、この認定を覆えすに足る証拠はない。

つぎに、成立に争いのない甲第四号証の一七、二〇、いずれもその方式及び趣旨によつて公務員が職務上作成したものと認められる乙第七号証、同第一五、一六号証、被告福岡県に対する関係では成立に争いのない甲第七号証の二、四、五、七、被告国に対する関係では証人酒見学、同松田利光、同植田稔、同山村儀夫の各証言及び証人右田淳一郎、同高松正行、同中村佳照の各証言を綜合すると、川上辰馬は昭和三四年八月九日は午前八時過頃から午前一一時三〇分頃までの間自宅及び嘉穂郡穂波町忠隈浦田の山村儀夫方などで、しようちゆう合計五合余りを飲み可なり酩酊し右田巡査に逮捕される当時、自ら転倒し、更に右田巡査は川上を同行するに際し後方から肩を押す程であり、飯塚警察署の留置場に留置される時にもなお相当程度酩酊していたのであり、死亡時には血中アルコール二・〇九パーセントで中等度酩酊の状態にあつたことが認められ、他に、この認定を覆えすに足る証拠はない。

右各認定事実を総合すると、川上辰馬と藤田寛を同房させておけば、その場の成行によつてはけんかが起こることや暴行により川上辰馬をして死亡するに至らしめる結果の発生を予想することは必ずしも困難なことではないのであるから、飯塚警察署の留置場係の警察官ら(巡査部長高松正行、巡査衛藤英俊、同本田実、同大賀正康)としては、右川上と藤田とを同房させないようにして結果の発生を未然に防止すべき注意義務があつたのに、これを怠つた過失があり、この過失と川上辰馬の死亡との間には相当因果関係の存することを認めなければならない。

ところで、原告らは、本訴において、被告国に対して損害賠償の請求をしているので、この点について判断する。

我が国における警察組織は旧警察法において国家地方警察と自治体警察の二本建とされていたが、著しく非能率的且つ不経済であつたため、新警察法は経費の節減と機動性による能率化をはかるため、右のような二元主義の警察制度を廃止し、新たに広域的地方公共団体である都道府県を警察の単位とするのが最も合理的且つ適当であるとして、都道府県毎に都道府県警察を創設し(警察法第三七条)その管理及び運営は当該都道府県が処理し(地方自治法第二条第五項第二号)その管理に当る機関として都道府県知事の所轄のもとに都道府県公安委員会が、(警察法第三八条)同委員会管理のもとに実施機関として警視庁、都道府県警察本部(同法第四七条)が、更に、その区域を分ち、各区域を管轄する警察署がそれぞれ設置され(同法第五三条)警察事務を行なわせることとし、都道府県警察の具体的組織は条例及び都道府県公安委員会規則によつて定めるものとし(同法第四七条、第五一条、第五三条、第五六条ないし第五八条)且つ都道府県警察に要する経費は原則として都道府県の負担とし(同法第三七条)警察庁の都道府県警察に対する指揮監督の範囲を限定し(同法第一七条、第五条)警察運営の主体をあくまでも都道府県警察としたのである。これ要するに、都道府県警察は都道府県の機関として当該都道府県の区域につき、個人の生命、身体及び財産の保護に任じ、犯罪の予防、鎮圧及び捜査、被疑者の逮捕、交通の取締その他公共の安全と秩序の維持に当ることをもつてその責務とする(同法第三六条及び第二条)ものなのである。一方都道府県警察に勤務する警察官のうち警視以下の階級にある警察官(巡査はその最下級のもの)は都道府県警察に置かれる事務吏員、技術吏員その他の職員とともに総括的に一般に地方警察職員と称され、地方公務員法の適用を受ける一般職の地方公務員に属するものとされている(同法第五六条)のである。してみると福岡県下の飯塚警察署に勤務する前記巡査部長高松正行、巡査衛藤英俊、同本田実、同大賀正康は福岡県の地方公務員であり、且つ同人らが前記の如き職務を行うについて行使した警察権は公共団体である福岡県の公権力であることは明白であり、同人らが被告国の公権力の行使に当る公務員に該当し、且つ被告国の公権力を行使したものとは到底解し得ない。

そうすると原告らの被告国に対する請求は損害について判断するまでもなく、理由のないものであるといわなければならない。

しかし、被告福岡県は川上辰馬の死亡によつて生じた損害を賠償すべき義務がある。

そこで以下被告福岡県に対する関係で損害額について判断する。

まず、川上辰馬が死亡によつて喪失した将来の得べかりし利益について判断するに成立に争いのない甲第一号証同第四号証の二一、原告川上チズ子本人尋問の結果(第一、二回)に弁論の全趣旨を綜合すると、川上辰馬は、昭和五年七月五日生まれで、昭和二九年一〇月一四日、原告川上チズ子と結婚(届出は同年一二月二三日)し、当時は養鶏業をしていたが結婚前二年間位東京都警視庁の巡査をし、昭和三四年六月一日からは採炭夫をしていたが、死亡当時月収平均金一四、〇〇〇円で川上辰馬自身の生活費が月平均金五、〇〇〇円ないし六、〇〇〇円必要であり、従つて、月平均少なくとも金八、〇〇〇円の利益を得、将来五五才まで(川上辰馬の死亡時の平均生存年令がこれを上廻ることは公知の事実である)同程度の利益をあげ得たであろうことが認められ、他に、この認定を覆えすに足る証拠はない。

そこで、川上辰馬の満五五才まで満二五年一〇ケ月(月未満切り捨て)に得べかりし利益をホフマン式計算法に従つて中間利息年五分を控除して計算すると、川上辰馬が、死亡によつて喪失した将来の得べかりし利益は、金一、五八九、九六四円となり、原告ら各自は同額の損害賠償請求権を各自三分の一づつ相続したことになる。

つぎに、原告川上チズ子は、川上辰馬の死亡についての精神上の苦痛に対して慰藉料として金二〇〇、〇〇〇円を請求しているが、成立に争いのない甲第一号証、原告川上チズ子本人尋問の結果(第一、二回)によれば、同原告は、初婚で川上辰馬と結婚し、同人の収入に依存して生活してきたものであり、川上辰馬死亡当時は満二七才であり、満三才の長女君代、満二才の次女ふみよを将来養育しなければならない事情にあつたことが認められるので夫川上辰馬の死亡によつて受けた苦痛が大きく、これは金二〇〇、〇〇〇円によつて慰藉されるのが相当と認められる。

以上の理由によれば、原告らの請求のうち、被告国に対する請求は理由がないので棄却し、被告福岡県に対する請求は正当であるから認容し、訴訟費用の負担については、民事訴訟法第八九条第九三条第一項本文を適用してこれを二分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告福岡県の負担とし、仮執行の宣言を付するのは相当でないと認めて、主文のとおり判決する。

(裁判官 真庭春夫 青山惟通 道下徹)

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